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盛岡地方裁判所 昭和30年(行)29号 判決

原告 江刈川牧野農業協同組合 外二五名

被告 岩手県知事

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら訴訟代理人は、被告が昭和二八年九月八日付売渡通知書を以て岩手県岩手郡葛巻町第一地割字江刈川九五番地の一七原野八三町七畝二五歩につきなした売渡処分は、これを取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、請求原因を次のとおり述べた。

一、請求趣旨記載の土地(以下本件土地という)は、往古から原告組合を除く原告らの祖先である岩手郡葛巻町江刈川部落民が採草放牧ならびに自家用薪炭材採取の用に供してきたもので、右各原告らもまた久しく各自の採草放牧地として使用して来た小作牧野である。

そして右土地の所有者は明治初年より同三八年四月一八日までは嵯峨良罧作、その後は村田重作の所有であつたところ、右各原告らの先代及び同原告らは本件土地使用の対価として、右嵯峨良所有時代の明治年間には、同人に対し一年一戸金三円及び薪一間を、明治二〇年頃には右のほか一戸二、三人宛の人夫を地主の要求次第提供していたが、その後村田重作所有の昭和初年には、右のほか、成牛馬一頭を放牧する毎に放牧料として五〇銭を納め、なお、昭和一〇年頃から右放牧料として放牧牛馬一頭毎に人夫二人の労務をも提供することになり、さらに、昭和一九年以降は、一ケ年各戸一二円ずつのほか放牧料は成牛馬一頭毎に金二円に引上げられた。

二、ところが本件土地は昭和二三年一二月二日被告知事により、当時の所有者村田重作を被買収者として旧自作農創設特別措置法第四〇条の二第一項第一号により不在地主の有する小作牧野として政府に買収された。

三、原告組合以外の、右牧野の小作権者である原告らは農業及び養畜の業務を営み、これに精進するものであるので、本件土地の買受を希望し、昭和二四年中に旧江刈村(現岩手郡葛巻町)農地委員会に右買受の申込をしたが同委員会では右土地は共同利用の適地であるから団体売渡を適当とするとのことであつたので、原告らは岩手県農地課吏員の指導により江刈村字江刈川を地区として共同放牧地の設置等を目的とする原告組合を設立し、同年一月二五日これにつき被告知事の認可を得同年二月四日その旨の登記を経たうえ、同年五月一五日同組合として右同日付書面をもつて本件土地買受の申込をした。

四、然るに江刈村農業委員会は、本件土地が共同利用に適する採草放牧地であるとの理由のもとに農地法第三六条第一項第二号により昭和二八年六月九日右土地につき江刈村を売渡の相手方とする売渡計画書類を作成して被告知事に進達し、同知事は同年九月八日これに従い本件土地を同年七月一日を売渡期日として同村に売渡すべき旨の売渡通知書を発行、その頃これを同村に交付して、売渡処分をした。

五、しかし、右売渡処分には売渡の相手方を誤つた違法がある。すなわち前述のとおり、本件土地は江刈川、高家領両部落民である原告らがその祖先以来永年に亘り小作採草放牧地として使用して来たものであるから、農地法第三八条によりその売渡を受くべき地位にある者は先ず原告組合以外の原告らでなければならないから、この点を無視して江刈村に売渡したのは違法である。また、本件土地が共同利用を適当とし個人に分割売渡すべき土地でないとしても、右原告らの使用権は、尊重せられるべきであるから、特段の事由のない限り、右使用権者たる原告らの設立した原告組合に対して売り渡さるべきものである。

また、当時、江刈村は牧野の高度利用を促進するためと称して本件土地を含む、四団地の政府所有牧野一五〇〇町歩全部につき前記委員会に買受の申込をし、その結果、右各土地はいずれも江刈村に売り渡されたが、右各土地につき関係各部落ともそれぞれ各部落毎に利用することを願つているから、右各土地が村の管理に委ねられても、とうてい被告らのいうような円滑な村全体としての共同利用は期待され得ない事情にある。

そのうえ、江刈村は右買受後に牧野管理規程を設け、原告ら部落民が本件土地を使用しようとする場合には、村長の許可を得、かつ、放牧する場所は村長の指示に従うべき旨定めたが、このようなことは、牧野の管理につき村長の恣意を許し、本件土地をこれに奪取させるにひとしく、牧野解放の精神に反するものといわねばならない。

また、被告知事は本件土地は江刈村の所有に移してその改良を図る必要があるというが、その必要があるならば原告組合に対し、国が指導助成を行えば足り、敢て村に売渡すまでもない。

そこで原告らは昭和二八年九月二八日、本件売渡処分につき農林大臣に対し訴願を提起したが、昭和三〇年三月三一日棄却の裁決がなされ、右裁決書は同年五月二七日に原告らに交付された。

六、よつて本件土地売渡処分の取消を求めるため本訴に及んだ。

被告訴訟代理人らは主文同旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。

いずれも原告ら主張の日、被告知事が本件土地を旧自作農創設特別措置法の規定により牧野として国に買収し、次いでこれにつき農地法第三六条第一項第二号により原告ら主張のような手続を経て昭和二八年七月一日の売渡期日をもつて訴外旧江刈村を売渡の相手方とする売渡通知書を同村に交付して本件売渡処分をしたこと、右買収後原告らから旧江刈村農業委員会に対し本件土地買受の申込がなされたこと、原告らがその主張の日に本件売渡処分に対する訴願を提起し、これにつき棄却の裁決があり、昭和三〇年五月二七日その裁決書が原告らに交付されたことは認める。原告組合を除く原告らが、本件土地の小作権者であるとの主張は否認する。本件土地は右買収当時訴外村田重作の自作牧野だつたものであり、被告知事はこれを旧自創法第四〇条の二第一項第三号により自作牧野の法定保有面積を超過するものとして前記買収処分をなしたものである。

のみならず本件土地のような面積広大な放牧地は個人に細分割することは不適当で、共同利用に適する土地であるところ、旧江刈村はその村民の大多数が多年名子制度に苦しんできた歴史的事情から村を挙げての畜産の振興に意を注ぎ、係争地を含む牧野約一一〇〇町歩について、牧野法に基く牧野管理規程を設け村としての綜合計画のもとに牧野の改良と村民の共同利用を促進する態勢を整え、本件土地の買受申込をしたので、被告は江刈村農業委員会の進達に従い、これを同村に売り渡したものである。

しかも、農地法第三六条第一項第二号によれば、採草放牧地の売渡に当つて当該土地が共同利用を適当とする場合には小作採草放牧地であると否とにかかわらず、これを地方公共団体、または農業協同組合に売渡すべき旨規定しており、その間に順位の定めはなく、そのいづれを選択すべきかは農業委員会の裁量に任せられているものである。

よつて本件売渡処分にはなんら違法の点はないから、原告らの請求は失当である。

(証拠省略)

理由

一、本件土地が採草放牧の目的に供される土地であつて、これにつき、被告知事が昭和二三年一二月二日旧自創法の規定により当時の所有者村田重作から政府に買収したうえ、さらに、昭和二八年九月八日原告ら主張の手続を経て農地法第三六条第一項第二号の規定により、売渡の相手方を訴外旧岩手郡江刈村(現同郡葛巻町)、売渡期日を昭和二八年七月一日とする売渡処分をしたこと、原告らが旧江刈村農業委員会に右土地買受の申込をしたこと、同人らが昭和二八年九月二八日右売渡処分につき訴願を提起したところ、これにつき棄却の裁決があり、昭和三〇年五月二七日その裁決書が原告らに交付されたことは当事者間に争いがない。

二、原告は、本件土地は不在地主の有する、原告組合以外の原告らの小作していた牧野であり、現に右原告らはこれにつき養畜の事業を行うものであるから、かかる原告らを措いてこれを訴外旧江刈村に売渡したのは違法である旨主張し、被告はこれを争うのであるが、前記農地法の規定によれば、知事が買収にかかる採草放牧地の売渡をなすに当り、その土地が共同利用に適するものであるときは、小作採草放牧地たると否とにかかわらず、これを地方公共団体または農業協同組合に売渡すべく、この場合右土地が小作採草放牧地であるときでも、その売渡の相手方は、同条第一項第一号の趣旨からして、その土地につき現に養畜の事業を行う者をその構成員に包含する同条所定の団体であれば足り、右小作者個人を売渡の相手方とすべきではないと解するのが相当である。

よつて本件土地が小作採草放牧地であつたか否かの点をしばらくおき、先ず右土地が前記規定にいう共同利用に適する土地であるか否かを検討する。

成立に争いのない甲第一三号証の一、二、乙第四、八号証、証人中野清見、吉田広二の各証言によると、本件土地は標高七〇〇米ないし九五〇米、傾斜度平均一七度の高原丘陵地で、面積八〇町歩に及ぶその地域内には、数条の清流が走り、南境附近に雑木の密生を見るほかは概ね草地の状況を呈しており、右の地勢上多数の牛馬の集団放牧に適するものであること、江刈村区域内の全放牧野一五〇〇町歩は、本件土地の属する江刈川地域を含めて五つの地域に分れ、いずれも個人の所有に属しており、その使用方法は従来各地域毎にその部落の農民多数が各自専用の区域を定めることなく牛馬を放牧する共同使用の方法によつていたこと、本件土地の草種はしばを主とし久しく毎年多数の牛馬を放牧しながら、その手入としては火入れと称する春先きの草焼きをするだけで、他には放牧場としての保全措置を講じないそほんな経営を続けてきた結果、地力は荒廃しており、加えて、地域内には放牧場として必要な施設すなわち、水呑場、土塁、垣、牧柵、家畜の監視小屋等ほとんどなく、草生に欠くことのできない樹林も反当り八本程度で面積密度とも十分ではないなどの欠陥があるので、これを細分割して各区画毎に地域農民の各別の利用に委ねるよりは、その全地域を一体として、相当の資金と技術をようする団体等の管理に付し、右団体による綜合計画のもとに草生草種の改良や施設の充実をはかり、その効用の増加を期するのが適当であることがそれぞれ認められる。

以上認定の本件土地の自然的経済的条件から考察すると、右土地は前記農地法の規定にいう共同利用に適する採草放牧地であると認めるのが相当である。

そうすると、被告知事が本件土地をもつて共同利用に適するものと認めて右規定を適用し、これを原告組合以外の各原告らに売渡しなかつたのは相当であるから、右各原告らの請求は、本件土地が小作採草放牧地であるか否かの判断をまつまでもなく、失当である。

三、次に原告組合は、本件土地が共同利用に適するとの理由からその売渡につき前記農地法の規定を適用すべきであるとしても、これを、本件土地の小作権者である原告組合以外の原告らをもつて組織する原告組合に売渡すべきであると主張する。ところで、冒頭説示のとおり、知事が小作採草放牧地の売渡をなすに当つてその土地が共同利用に適するものと認めるときは、農地法第三六条第一項第一、二号の趣旨によりその売渡は右土地につき現に養畜の事業を行う者を構成員に包含する同条所定の団体に対してこれをなすべく、さらに、かかる小作者をその構成員に包含する同条所定の団体が二個以上ある場合においてそのいずれを売渡の相手方とするかは、農地法第一条掲記の同法の目的に照し、その土地の自然的経済的条件、当該団体の管理能力等諸般の事情を考慮して、行政庁が自由な裁量によつて決すべき事項である。

そこで本件を見ると、旧江刈村が原告ら全員をその住民とすることは弁論の全趣旨から認められ、原告組合が同組合以外の原告らをもつてその組合員とすることは証人高家已之吉の証言により明らかである。一方、牧野法によれば、地方公共団体が同法所定の手続を経て定める牧野管理規定により管理する牧野については、右団体は、国から、その牧野の保全改良資金の融通、牧野草の種子の供給に関し必要な奨励措置、国の専門職員の技術的援助等を受け得るところ、前記乙第四号証、成立に争いのない第六、七号証、第一〇号証、証人中野清見、吉田広二、野中詣一(第一回)、佐々木康勝、及川誠三の各証言を考え合わせると、旧江刈村は北上山地中の僻村として地勢上耕地に乏しくその貧しい経済を脱却するには主として村内の広大な牧野を活用する畜産振興に頼るほかはない事情から、昭和二四年中、同村当局は、当時の同村長中野清見の指導により、村内の解放牧野を村有として一括管理し、村営の事業としてこれに必要な改良を加える一方、村民に乳牛の飼育を奨励して、新たにその飼育を始めようとする村民をも含めて、村有牧野のすべてを、有畜農家の公平な利用に供することにより同村酪農の飛躍的発展をはかる目的のもとに、その第一歩として、同村において村内の政府買収放牧地約一五〇〇町歩の売渡を受けて村の管理に移すべく、本件土地を使用する江刈川部落約五、六〇戸を除く全部落約六〇〇戸の農家の大方の支持を得て、同村農地委員会に対し本件土地を含む右放牧地の買受申込をしたところ、同二五年中その全部の売渡を受け得たこと、その後昭和二八年中同村では村条例として前記牧野管理規程を制定し、前示買受牧野に対し右規程に従う管理を実施するとともに、その頃発足間もない岩手県畜産振興五ケ年計画に呼応して、右買受牧野の一部につき国から交付される補助金等を資金として牧野草の播種、肥料の撒布、牧道の設置、肥料木の植栽等の改良措置を進める一方、同年四月一五日本件土地の売渡がその手続に誤りありとして取消された関係上同年六月六日再度その買受申込をし、農地法施行法第五条第一項、農地法第三六条第一項第二号によりあらためて本件土地の売渡処分を受けたものであることがそれぞれ認められる。他方、原告組合は前記法律の規定上その管理牧野が同法の適用を受けずこれに基く国の指導奨励措置の対象から除かれる農業協同組合であるうえに、前記証人野中、中野及び証人上山寅吉(第一、二回)、高家已之吉の各証言、成立に争いのない甲第一五証を考え合わせると、同組合設立当時の事情として、昭和二四年頃原告組合の組合員である原告らはさきに個別に本件土地の買受申込をしたところ、所轄旧江刈村農地委員会では、本件土地は共同利用に適するから、団体売渡としたい旨を語つたので、右原告らにおいて買受資格を得るため、昭和二五年二月頃急ぎその一部の者において設立したものであつて、同組合自体として、本件土地の改良等に必要な資金技術を有せず、その獲得についても前記江刈村に比し格別の便宜を備えるものでないことも窺われる。

そうすると前示理由により、被告知事は原告組合または江刈村のいずれにも、その自由な裁量によつて本件土地を売渡すことができる筋合であり、しかも右認定の事実から被告知事が右の裁量権を濫用したりその限界を超えてこれを行使したことを疑うべきなんらの事情も窺うことはできないのである。

原告らは江刈村に本件土地を売渡しても村内各部落とも部落毎の利用を望んでいるから、円滑な共同利用を期待できない旨主張するが、主張自体本件売渡処分の法律上の瑕疵に当らず理由がないのみならず、仮に、これを右の裁量権の濫用等を非難する趣旨と解しても、右事実を認め得る証拠がない。

四、次に、原告組合は、前示規程によれば、江刈村では村民が同村管理の牧野に放牧するに当つては、同村長の許可を要し、かつその放牧する団地について同村長の指示に従うべき旨を定めており、その管理方法は村長の恣意により本件土地を原告らから村に奪取するにひとしい結果を招く虞があるから、かかる同村に対する売渡は農地法の精神に反する旨主張するけれども、前記乙第六号証によれば、右規程では江刈村の住民であつて家畜を飼養する者は本件土地を含むすべての同村管理の牧野を利用することができるがその放牧に当つては放牧家畜の種類、年令別頭数につき書面をもつて村長の許可を得、放牧団地につき村長の指示に従うべき旨を定めているところ、これによれば、右の許可は原告らの放牧の許否自体についてなされるわけでないことが明らかであるのみならず、前示放牧家畜の種類頭数の許可や放牧団地の指示に関する右規程所定の村長の権限はいずれも牧野管理の目的に従いその効率的共同利用の必要上定められたものであることが窺われるから、原告組合の右主張は採用できない。

そうすると、本件土地を原告組合に売渡さず、江刈村に売渡した本件処分は適法であるから、原告組合の請求もまた理由がない。

故に、原告らの請求はすべて失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 須藤貢 中平健吉 北沢和範)

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